株式会社ケーズカラナリープランニング

フードビジネス(総合)

鉄板焼 円居-MADOy- とは

代表越野 健太郎

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飲食店経営やレストランファンド運営を柱に事業を展開する【株式会社ケーズカラナリープランニング】。越野代表は、良いイメージの少ない業界の現状から脱却すべく労働時間の短縮などに取り組み、従業員の幸福追求を推し進めている。

[番組公開日:]

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プロフィール
代表者名
越野 健太郎
生年月日
1969年11月02日
出身地
神奈川県 横浜市
出身高校
桜丘
出身大学
早稲田大学
趣味
食べ歩き、音楽鑑賞、読書、
休日の過ごし方
食べ歩き、読書や音楽鑑賞。
過去に経験した
スポーツ
「野球」「サッカー」「テニス」
座右の銘、
好きな言葉
>>人のためが自分のため「利他心」をもって行動すること。>>結果に拘らず、プロセスを重視する。「人生万事塞翁が馬」「鶏口となるも牛後となるなかれ」>>良いことも嫌なことも長くはない「諸行無常」
代表就任以前の
職種
証券会社
メッセージを送る

越野代表のストーリー

  • 本物の素材を、リーズナブルに。「お客様の視点」で勝負。

    作り手の努力と心意気をお客様に届けたい。



     例えば私が若い頃、せっかく美味しい料理があってもドリンクのメニューが少ないと感じるお店もありました。自分の店では、ちゃんと料理に合うお酒を提供したいと。いろいろ勉強していくと、日本酒にしても国産ワインにしても、農家や蔵元の方々が丹念に手間暇をかけて作っておられる素晴らしいお酒がたくさんある。そして、その方々はたいてい和食を中心とした料理を食べ、その舌が美味しいと思うものに合うようなお酒が自然と生まれている…。ある意味、必然なのです。ですから私のお店では、時には収穫をお手伝いするなど生産者の方々と密接に関わりながら、料理に合うお酒を厳選し、お客様に提供しています。

     お肉や野菜も同じです。例えば名古屋コーチンは、抗生物質を使わず病気から守りつつ、ブロイラーの何倍も長い飼育期間を、手をかけて育てておられる。そんな作り手の努力は、炭火で焼いた瞬間の香りや脂の輝きから、思いを馳せることができるわけです。

     食にまつわる背景や文化までもお客様に楽しんで頂きたい…。その思いを胸に、適正な価格で最高の味と豊かな時間を創造し、生産者とお客様とをつなぐ架け橋となることこそ、私の使命なのかもしれません。


  • 良く行くBarが独立のヒント「仕事終わりに行ける美味い店」

    初めはIT関連の会社を興そうと考えていたのですが、初期投資に費用がかかり過ぎたため断念。そんな時、よく通っていたBarのことを思い出したんです。当時、遅くまで働いて何か美味いものが食べたいと思っても開いている店がなかった。常連になったBarのマスターに頼んで時々料理を出してもらっていたんですが、それが結構美味しくて…。「あんな店があれば」がヒントになって、飲食店での独立を思いついたというわけです。

     独立は決意したものの、具体的なイメージは固まっていませんでした。なのに物件だけ先に決め、3ヶ月間は空家賃を払いました(笑)。今思えば、この3ヶ月のおかげでじっくりと構想を練り、リサーチすることができたわけですが。

     「遅くまで落ち着いて飲めるBar的な要素がありつつも、美味しいものが食べられるお店」というコンセプトを軸に、ビジョンを構築。2003年、神楽坂に地鶏料理の第1号店をオープンさせました。調理や接客の経験はなくとも、「お客様の目線」には自信があり、おかげさまで開店月から黒字化に成功。現在では地鶏料理『軍鶏郭』『馳走小路』のほか、鉄板焼『MADOy』、野菜料理『Marche de VinShu』など7店舗を展開しています。


  • 大企業からベンチャー企業へ転職。がむしゃらに働いた会社員時代

    私の場合、初めから飲食業界を目指していたわけではなく、大学卒業後に入社したのはゼネコン大手の清水建設でした。当時は「不動産開発」と言えば花形の仕事。自分もそこで勝負してみたいと思っていました。管理や営業を含め事務系の仕事を一通り経験させてもらった頃、折しも時代は建設不況の流れに…。思い切って退職を決意し、以前から興味のあったIT関連の仕事に就き、当時まだベンチャー企業だったIIJに転職しました。営業からスタートし、徐々に大きなプロジェクトを任されるようになったのですが、そこでマネックス証券のシステム開発を担当したことが縁で、そのままマネックス証券に転籍。IIJもそうでしたが、マネックス証券も初めは小さな会社が急速に成長し、上場を果たすまでになる…。猛烈に忙しかったけれど、その分面白い時期を過ごさせてもらいましたね。結果、大企業の安定ではなく自分で会社を動かすダイナミズムを求めるようになり、独立への思いが強くなっていくわけです。
  • マネックス証券の社長、松本氏との出会いで独立を意識する

    ちゃんこ「江戸沢」という「ちゃんこ鍋」のお店がある。会社は東証二部に上場し、全国に120店舗を出店していたそうだ。この店の業績が低迷。3期連続赤字を出し、あるファンドの下で再生に乗り出すことになった。

    再生にはいくつもの方法があるが「社長」が蘇生のカギを握ることはいうまでもない。そのとき白羽の矢が立ったのが、今回、登場する(株)ケーズカラナリープランニングの代表取締役 越野健太郎である。

    実はこのときまで、越野の飲食経験は3年あるかないか。年齢は35歳。飲食関連の雑誌が、「異例の社長誕生」とページを割き、取り上げている。

    わずかな経験で、大手上場企業のトップに立ち、再生に挑んだ越野は、コンサルティングの依頼を受けてから数えて2年、見事、再生の足がかりを築いた。今回はこの異色の経営者、越野の過去を振り返り、飲食業界で成功するヒントを探ってみよう。

    越野が早稲田大学を卒業したのは1991年。最初に就職したのは、大手建設会社の「清水建設」。技術系ではなかったが、監督としてダムやスキー場の建設現場も1年半ほど経験している。その後、インターネットに興味を持った彼は、当時、まだベンチャー企業(現在、東証一部上場)だった「IIJ」に転職する。

    そのとき「マネックス証券」(現在、東証一部上場)の立ち上げに伴うシステム開発を担当したことで、一つの転機が訪れた。社長の松本氏に請われ、同社に転籍した彼は、松本氏の影響を受け、独立を意識し始めるのである。
  • 飲食店経営の経験ゼロ。初出店は、「神楽坂」に出した60坪の店舗だ。

    越野がまず思い付いたのは「ネットショッピングの運営」である。いまの「楽天」のスタイルを考えるとわかりやすい。数人の仲間と共に事業化のプランも立てた。

    しかし、資金不足で断念。越野は「いまでも惜しいことをした」と悔しがる。たしかに順調に行けば、日本でネットショッピングを初めて実現していたかもしれない。「楽天」が登場するのは、それから数年後のことである。

    構想を断念しなければならなくなったことで、「独立」という思いだけが残ってしまった。そんなとき、ふとひらめいたのが、良く通っていた「Bar」のこと。あの「Bar」でちゃんとした食事を出せばどうなるか、と。後から振り返れば、これが飲食業と越野が、細い糸で結ばれた瞬間だった。

    この思いが、より鮮明になったのは、証券会社出身で飲食店を経営していた先輩の「やってみれば」の一言だった。ぼやけた視界が一気に開けた。 つてを頼り、教えを乞うた。(株)フードワークス経営者、宮本氏と出会ったのもそんなときだ。

    宮本氏は、格安の物件を紹介してくれた。神楽坂の60坪の店である。数百万の改装で済みそうだった。いい物件に思えた。1ヵ月にわたり、ウオッチした。これならいける、と契約を交わした。しかし、外野からみれば、素人が始めるには、この坪数一つとってもあまりに大きなハンデになるような気がする。坪あたりはたしかに格安だが、それでも月に100万円を超えてしまう。しかも、神楽坂の中では、いい立地とは言いがたい。そのうえ契約時点では、どのような店にするのか、イメージがまだ固まっていなかったのである

    結局、3ヵ月、無駄な家賃を払う羽目になった。しかし、この3ヵ月間は、孵化するには必要な日数だった気もする。「鶏味座」の、のれん分け契約が結べたのも、この期間があったからだ。越野は、3ヵ月、新規店舗の構想と向き合った。
  • 将来の夢はスポーツ選手か音楽家。辿り着いた「フードビジネス」

    飲食店の経営者の多くは、子どもの頃に、なんらかのかたちで飲食業にかかわっている。しかし、越野の場合、つながりは皆無。父親は、普通のサラリーマン。子どもの頃の夢は「スポーツ選手か、音楽家」だった。社会人になってからも経験がない。何の装備もなく、冬山に登るようなものだろう。

    しかし、ここに飲食業のふところの広さがある。違った職種や業種の経験も、この業界は受け入れてくれるのだ。それを強みにすることさえできる。成功という「頂」に到達する方法は、いくらでもある。肝心なことは、自分の持ち味を忘れないことだ。

    現在、同社は、直営店を経営する一方で、コンサルティングも積極的に行っている。飲食店の経営になにが必要か。未経験からスタートした越野だから見えてきた「真髄」というものを、伝えている。クレバーな越野ならではのコンサルティングは、多くの課題を抱えている飲食店に、光明を与えるに違いない。異色の経営者は、その点でも輝いている。

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掲載社長からの推薦文

応援メッセージ

  • 匿名

    長く働けるようにしたり、業務形態だったり、社員の事をとても考えていていい会社だと思います。

    匿名
  • 齋藤隆二

    「社長になれないか」と質問をしたと聞いて驚くと同時にくやしくなりました。私は今就活中ですが、そんな風に大きな夢をもてずにいました。また、もし夢があったとしてもそれを自信を持って言う事は出来ないと思います。
    まずは自分も何がやりたいのか。それを考えてみます。

    齋藤隆二

会社情報

会社名 株式会社ケーズカラナリープランニング
代表者名 越野 健太郎
企業HP http://www.kcplanning.co.jp/
所在地 〒141-0031
東京都品川区西五反田4-29-14
ハーモニービル2F 
設立 2002年08月19日
創業 2003年02月27日
代表就任年度 越野代表は2002就任
資本金 5428万円
従業員数 10~30人未満

従業員の平均年齢 30~35歳
業種 フードビジネス(総合)
キーワード 鉄板焼 円居-MADOy- / 英会話事業 / レストラン
会社商品 PR 当社のレストランである「鉄板焼MADOy」ではグループで一頭買いした「40日熟成和牛」や厳選素材を提供しております。
事業内容 ・「鉄板焼MADOy」直営店経営
・鉄板焼MADOyフランチャイズ事業
・レストランビジネスコンサルティング
・「マーシャルイングリッシュスクール」英会話事業
企業理念/
こだわり/
他社との違い
目的来店のお客様のコミュニケーションの場を最高のものにするために活動しています。

~KCPクレド~
「私たちは高い知性と感性、迅速な行動力で常にクオリティの高いコミュニケーションの場をプロデュースし、継続してお客様に心の豊かさと生活の潤いを提供します。これが私たちの社会に対する使命です。」
特徴的な制度/社風 従業員満足度(ES)と顧客満足度(CS)の共存共栄を常に念頭に置いて行動する会社です。
 お客様を心からもてなすには、もてなす側に余裕がなくては絶対にできません! 
 
労働時間は短ければ短いほど、心に余裕ができ、人にやさしく出来る! をモットーに、休暇取得のためのジョブローテションや時短を常に経営課題にしています。
今後の事業展開/
ビジョン
鉄板焼円居-MADOY- を東京一、そして日本一の鉄板焼チェーン店に育てます。

 お客様と従業員の幸せのベクトルをしっかり合わせたレストランビジネス会社として社会から必要とされる企業を目指します。

20代~60代 シニアまで活躍できるレストランチェーンを目指します。
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越野代表を推薦している社長

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